
「極限まで削ぎ落とすことで、究極の美が生まれる」
いけばな雪舟流は、雪舟ゆかりの地・益田に生まれた初代家元増野雪舟によって、1931年に創流されました。
画僧・雪舟等楊禅師は、水墨画のみならず築庭にも力を注ぎ、磨きあげられた感性により、簡素さとゆとりある温かさとを併せ持った庭園を遺しています。
初代家元は、雪舟庭に見られる石組構成の精髄をいけばなに応用することを目指し、いけばな雪舟流を創流しました。
「誰もこの庭から石一つ除き去ることは出來まい。誰もまた、この庭に石一つ附け加へることも出來まい。」
詩人・島崎藤村は、雪舟庭についてこのように記しています。(1927年発表「山陰土産」より)
いけばな雪舟流では「極限まで削ぎ落とすことで、究極の美が生まれる」という「省略の美学」を、根幹の精神として受け継いでいます。